2009.04/06(Mon)
今度は女の子
ジャンヌ、金曜日に発熱。
とびひ熱の心配もあったので、皮膚科へ。
39.9度まで上がったので、点滴のできる別の病院を紹介され移動。
結果、とびひ熱ではなく、インフルエンザでもなく、
よくある子どもの発熱だったようで、ホッ。
子供の面倒をよく見てくれるお隣のお嬢さんと花見に行く予定だったのになー。
お隣さん、私たちが病院から帰ったら鳥雑炊をもってきてくれました。
朝、熱でキャンセルの連絡をしたときは、手作りの蜂蜜とレモンのゼリーを
すぐ持ってきてくれたし、数日前は「お隣さん家に行く!」と言った
ジャンのリクエストにこたえて、2時間ほどジャンを預かってくれ、
一緒にポップコーンを作って持ってきてくれました。
先月は、2回も病院に付き合ってくれて、助かったなぁ〜。
病院に行く時、お隣さんは窓を開けて
「一緒に行こうかー」と声をかけてくれたのでした。
チョロ2人を連れて病院で長時間待つのは
しんどいので(人気の小児科は2時間待ち
)本当にありがたい。
”ついでだから”って感じでさりげなく助けてくれるのも頼みやすいし。
親切なお隣さん、親戚みたいです。
貸してくれた漫画『聖☆おにいさん』も面白いし。
それにしても、気忙しい。
子供の病気もそうだし、今週は1日入園や入園式があるし、
来週には父母会もあるし、フランスから女の子の居候ちゃんもくるし。
居候ちゃんのために1部屋、ほぼ空にできた自分に拍手
初めての女の子の居候。
下着類が人の目につかず部屋に干せるよう、
洗濯ばさみがたくさんついた角ハンガーにスカーフをかけてあげて渡そう、
など気遣いもする私にもっと拍手

男の子の居候君たちの下着はうちの家族分と一緒に洗濯していたけど
女の子には、下着ぐらい自分で手洗いしてもらったほうがいいよね、やっぱり。
居候君1号は、活動的で日本語がたいしてできなくてもガンガン外出して
いつの間にか週1で韓国人先生のテコンドー教室に通いだし、
フランス語も英語もできない美人を「カノジョデス」と連れてきたタフ・ギャルソン。
居候君2号は、昼ごろ起きる夜型でグラフィックアートを描くことに没頭し、
喫茶店の女の子に恋はしたけど、いまいち発展しなかったシャイ・ギャルソン。
ふたりとも、彼らが子供のときからミシーがよく知る子でしたが、
今回の3号ちゃんは義母の友達の娘さんで、ミシーは知らない子。
3号ちゃん、どんなマドモアゼルでしょう。
男の子とは、また違ったところで気を遣うことになるんだろうな。
それも含めて楽しみ♪な、刺激の少ない日々をおくる主婦の私(苦笑)。
ジャンも空の部屋に寝転がりながら
「ここに、フラン語のおねーちゃんがくるっ!」と期待に胸を膨らませています。
とびひ熱の心配もあったので、皮膚科へ。
39.9度まで上がったので、点滴のできる別の病院を紹介され移動。
結果、とびひ熱ではなく、インフルエンザでもなく、
よくある子どもの発熱だったようで、ホッ。
子供の面倒をよく見てくれるお隣のお嬢さんと花見に行く予定だったのになー。
お隣さん、私たちが病院から帰ったら鳥雑炊をもってきてくれました。
朝、熱でキャンセルの連絡をしたときは、手作りの蜂蜜とレモンのゼリーを
すぐ持ってきてくれたし、数日前は「お隣さん家に行く!」と言った
ジャンのリクエストにこたえて、2時間ほどジャンを預かってくれ、
一緒にポップコーンを作って持ってきてくれました。
先月は、2回も病院に付き合ってくれて、助かったなぁ〜。
病院に行く時、お隣さんは窓を開けて
「一緒に行こうかー」と声をかけてくれたのでした。
チョロ2人を連れて病院で長時間待つのは
しんどいので(人気の小児科は2時間待ち
)本当にありがたい。”ついでだから”って感じでさりげなく助けてくれるのも頼みやすいし。
親切なお隣さん、親戚みたいです。
貸してくれた漫画『聖☆おにいさん』も面白いし。
それにしても、気忙しい。
子供の病気もそうだし、今週は1日入園や入園式があるし、
来週には父母会もあるし、フランスから女の子の居候ちゃんもくるし。
居候ちゃんのために1部屋、ほぼ空にできた自分に拍手

初めての女の子の居候。
下着類が人の目につかず部屋に干せるよう、
洗濯ばさみがたくさんついた角ハンガーにスカーフをかけてあげて渡そう、
など気遣いもする私にもっと拍手


男の子の居候君たちの下着はうちの家族分と一緒に洗濯していたけど
女の子には、下着ぐらい自分で手洗いしてもらったほうがいいよね、やっぱり。
居候君1号は、活動的で日本語がたいしてできなくてもガンガン外出して
いつの間にか週1で韓国人先生のテコンドー教室に通いだし、
フランス語も英語もできない美人を「カノジョデス」と連れてきたタフ・ギャルソン。
居候君2号は、昼ごろ起きる夜型でグラフィックアートを描くことに没頭し、
喫茶店の女の子に恋はしたけど、いまいち発展しなかったシャイ・ギャルソン。
ふたりとも、彼らが子供のときからミシーがよく知る子でしたが、
今回の3号ちゃんは義母の友達の娘さんで、ミシーは知らない子。
3号ちゃん、どんなマドモアゼルでしょう。
男の子とは、また違ったところで気を遣うことになるんだろうな。
それも含めて楽しみ♪な、刺激の少ない日々をおくる主婦の私(苦笑)。
ジャンも空の部屋に寝転がりながら
「ここに、フラン語のおねーちゃんがくるっ!」と期待に胸を膨らませています。
2009.03/20(Fri)
可能性
今朝、ジャンはじぃじとおっこちゃん(ばぁば)と一緒にお墓参りへ。
幼稚園入園のお祝いに、お寺さんと近いシーパラにも連れて行ってくれるとのこと。
ジャン、じぃじとおっこちゃん独り占めは、初めて。
5人も孫がいると、なかなかこうしたチャンスも巡ってこないので、
ジャンにとっては貴重な機会でしょう。よかったねー!

おっこちゃん、お留守番組のジャンヌにもお弁当を作ってくれました。
私が小中学生のときに使っていたEDDY&EMMYの巾着に
高校生時代に使っていたお弁当箱につめて。なつかしー!
あれ? ミシーもお留守番組なんですけど?
なーんて、ズーズーしい言葉はしまっておきました(笑)
ちゃんとミシーには、昼食作ってあるしね。
入園の御祝のお金をいただいたミシー、
「ボクらも、こうしてお金をあげたりしなくちゃね」。
私 「誰によ」
「孫が生まれたらだよ。ちゃんと覚えておいてね。
ボクはこうした習慣わからないから」。
覚えておくもなにも、娘が1歳なのに、孫ですか。
そして、私は、これから学生時代の友達とイタリアン。
うれじーーーーーー。
出かける用意をしていた私を眺めていた母は
「いいわねー。気晴らしできて。
私なんてお母さんいたし(姑)できなかったわぁ」。
そうだね、孤軍奮闘で3人をよく育てたなぁと感心します。
母が友達と食事に出かけるようになったのは、
私が高校生ぐらいになってからだったような。
そして、子供達が巣立って親も送り、ゆっくりできると思ったら
今度は、最近独立した父の仕事を手伝うはめに…。
明日も仕事らしく、今夜もゆっくりうちに泊まることはできないよう。
母は「なんて老後なのー!」と、嘆いていましたが
自分で働いたお金で最新電化製品を買ったりして、なかなか充実しているよう。
成り行きとはいえ、還暦過ぎてから、
今までしたことのない事務仕事を引き受けた母。
最近37歳になった私にも、まだまだ可能性はあるなっ、よしっ!
では、ご馳走食べに行ってきまーす!
幼稚園入園のお祝いに、お寺さんと近いシーパラにも連れて行ってくれるとのこと。
ジャン、じぃじとおっこちゃん独り占めは、初めて。
5人も孫がいると、なかなかこうしたチャンスも巡ってこないので、
ジャンにとっては貴重な機会でしょう。よかったねー!

おっこちゃん、お留守番組のジャンヌにもお弁当を作ってくれました。
私が小中学生のときに使っていたEDDY&EMMYの巾着に
高校生時代に使っていたお弁当箱につめて。なつかしー!
あれ? ミシーもお留守番組なんですけど?
なーんて、ズーズーしい言葉はしまっておきました(笑)
ちゃんとミシーには、昼食作ってあるしね。
入園の御祝のお金をいただいたミシー、
「ボクらも、こうしてお金をあげたりしなくちゃね」。
私 「誰によ」
「孫が生まれたらだよ。ちゃんと覚えておいてね。
ボクはこうした習慣わからないから」。
覚えておくもなにも、娘が1歳なのに、孫ですか。
そして、私は、これから学生時代の友達とイタリアン。
うれじーーーーーー。
出かける用意をしていた私を眺めていた母は
「いいわねー。気晴らしできて。
私なんてお母さんいたし(姑)できなかったわぁ」。
そうだね、孤軍奮闘で3人をよく育てたなぁと感心します。
母が友達と食事に出かけるようになったのは、
私が高校生ぐらいになってからだったような。
そして、子供達が巣立って親も送り、ゆっくりできると思ったら
今度は、最近独立した父の仕事を手伝うはめに…。
明日も仕事らしく、今夜もゆっくりうちに泊まることはできないよう。
母は「なんて老後なのー!」と、嘆いていましたが
自分で働いたお金で最新電化製品を買ったりして、なかなか充実しているよう。
成り行きとはいえ、還暦過ぎてから、
今までしたことのない事務仕事を引き受けた母。
最近37歳になった私にも、まだまだ可能性はあるなっ、よしっ!
では、ご馳走食べに行ってきまーす!
2009.03/13(Fri)
いま一番、不思議なこと
今日の夫ミシーとの晩酌で、いつものごとく今日の子供のことを報告。
卒業式の様子を写真と動画を交えて伝えました。
3歳の息子と1歳の娘。
ふたりが家の中を堂々と歩きまわっているのが、不思議に感じることがあります。
この子たちは、当然のような顔をして空気を吸って笑ったりしているけど、
私と夫ミシーがなにかのかけ違いでスッと別れていたら
いなかった子で、当たり前の存在でもないんだなぁ〜と思ったり。
存在して当然って顔して「お腹すいた」とか言ったり、
水を催促して私の手を引いて台所に連れていく様子は、ホント不思議。
毎日、子供たちと顔を突き合わせていても、
子供たちの存在が不思議に思えます。
自然発生したわけじゃないのに、
当然って顔で毎日を送っているのがおかしくてしょうがない。
ミシーと私のまわりを、私達が好きでしょうがないって態度で
子供ふたりが飛び回っている図に
”ほんの4年前は想像もつかなかったし、そんなつもりもなかったのに”
という不思議な気持ちが流れたりします。
もちろん、後悔なんかではないし、なにものにも代えがたい幸せな気持ちを
子供たちからもらっているんですが、ただなにもなかったところから
こうして人ができて、本人は、当たり前って態度が可笑しくてしょうがないというか。
あやうい中、生まれたきたのに
それをちっとも残していない堂々とした強さが不思議。
違和感とは違うんですけどね。
なんか、不思議でそれが面々と繰り返されているのが、また不思議。
私が親のように(って親なんですが)子供を叱るのもフッと可笑しかったり。
ミシーも父親のように(って父なんですが)子供に接するのが
これまた、可笑しく感じることも。
私が父母の子供だと感じるのは、ちっとも不思議じゃないのにね。
あーーーー、明日はスイミングだから早めに起きてお弁当作らなくちゃ。
寝よ寝よ(笑)。
不思議、不思議って、私自身がフシギちゃんみたいな日記でした。
卒業式の様子を写真と動画を交えて伝えました。
3歳の息子と1歳の娘。
ふたりが家の中を堂々と歩きまわっているのが、不思議に感じることがあります。
この子たちは、当然のような顔をして空気を吸って笑ったりしているけど、
私と夫ミシーがなにかのかけ違いでスッと別れていたら
いなかった子で、当たり前の存在でもないんだなぁ〜と思ったり。
存在して当然って顔して「お腹すいた」とか言ったり、
水を催促して私の手を引いて台所に連れていく様子は、ホント不思議。
毎日、子供たちと顔を突き合わせていても、
子供たちの存在が不思議に思えます。
自然発生したわけじゃないのに、
当然って顔で毎日を送っているのがおかしくてしょうがない。
ミシーと私のまわりを、私達が好きでしょうがないって態度で
子供ふたりが飛び回っている図に
”ほんの4年前は想像もつかなかったし、そんなつもりもなかったのに”
という不思議な気持ちが流れたりします。
もちろん、後悔なんかではないし、なにものにも代えがたい幸せな気持ちを
子供たちからもらっているんですが、ただなにもなかったところから
こうして人ができて、本人は、当たり前って態度が可笑しくてしょうがないというか。
あやうい中、生まれたきたのに
それをちっとも残していない堂々とした強さが不思議。
違和感とは違うんですけどね。
なんか、不思議でそれが面々と繰り返されているのが、また不思議。
私が親のように(って親なんですが)子供を叱るのもフッと可笑しかったり。
ミシーも父親のように(って父なんですが)子供に接するのが
これまた、可笑しく感じることも。
私が父母の子供だと感じるのは、ちっとも不思議じゃないのにね。
あーーーー、明日はスイミングだから早めに起きてお弁当作らなくちゃ。
寝よ寝よ(笑)。
不思議、不思議って、私自身がフシギちゃんみたいな日記でした。
2009.02/15(Sun)
良し悪しとは別の話
今回、フランスからのお客さんは、義父母以外にも2名。
義父母がいない日にやってきました。
彼らの小ぶりのトランク2つを1年ぐらい預かっていたのを取りに来たのですが、
帰りがけ、いるモノといらないモノの選択をはじめたふたり。
壊れたトランク1つと衣類を半分ぐらいおいていきました。
おふたりが帰った後、私を心配した夫ミシー。
日本人だったら、預かってくれてた人の家で仕分けして
ゴミを置いていかないだろうから、
私がびっくりしていないかどうか心配したんだそう。
(トランクは粗大ゴミとしてお金がかかるけど、知らなくて置いていくんだろうし、
それぐらい、まっ、いっか、荷物は軽いほうがいいもんね、ぐらいにしか思わず、
あまり深く考えないで、ふたりの行動を眺めていました)
夫ミシー、フランス育ちではあるけれど、
やはり日本人に育てられただけあり、日本人のこともよくわかっています。
たしかに、日本じゃゴミをわざわざ人の家において帰るなんて常識ないといわれそう。
うちでやられては困る場合、はっきりと断らないと
断らなかったほうもいけないってのが常識なんだろうなー、フランス。
断れなかった自分のことは置いておいて、裏で文句言うほうが非常識なんでしょう。
で、断られても後を引くようなことはなんとも思わない(らしい)フランス人。
さっぱりしているんでしょうね。
しっかりNonと言わないと、どんどん踏み込んでくるフランス人は
日本人より多いだろうとも言ってたなー。ズーズーしいんでしょうね。
日本人は人がいいから、たくさんのことをフランス人から頼まれても
ハッキリ断れずに引き受けてしまうことがあるから、
引き受けてしまった日本人が無理していないか心配だってことも
夫ミシーは言うことあります。ほんと、日本人はやさしい。
そして、この常識・非常識の違いは「比べられないんだよ」ともミシーは言います。
何度も言ってたな。そういえば、よく言うような…。
アレ? この広〜い世界を知らない伝統的日本人の私に言い聞かせている?(笑)
ほんと、そうだよね、比べられないね。
いろんなバックボーンをもつ常識・非常識を良し悪しで簡単に比べることはできない。
同じ国で育った同士でも、常識・非常識は違う場合もあるよね。
良し悪しで比べるんじゃなくて、違いとして面白がれるといいね。
そうもいかないときもあるけど…そういうときは、
良し悪しで一方がバッサリ切るんじゃなくて話し合いたい。
なかなか難しくて私も、まだまだできないけど…。
ってブログで書こうと思うってミシーに話したら
「ぼくが、いい人みたいになってるじゃん」。
たまにはね(笑)。
義父母がいない日にやってきました。
彼らの小ぶりのトランク2つを1年ぐらい預かっていたのを取りに来たのですが、
帰りがけ、いるモノといらないモノの選択をはじめたふたり。
壊れたトランク1つと衣類を半分ぐらいおいていきました。
おふたりが帰った後、私を心配した夫ミシー。
日本人だったら、預かってくれてた人の家で仕分けして
ゴミを置いていかないだろうから、
私がびっくりしていないかどうか心配したんだそう。
(トランクは粗大ゴミとしてお金がかかるけど、知らなくて置いていくんだろうし、
それぐらい、まっ、いっか、荷物は軽いほうがいいもんね、ぐらいにしか思わず、
あまり深く考えないで、ふたりの行動を眺めていました)
夫ミシー、フランス育ちではあるけれど、
やはり日本人に育てられただけあり、日本人のこともよくわかっています。
たしかに、日本じゃゴミをわざわざ人の家において帰るなんて常識ないといわれそう。
うちでやられては困る場合、はっきりと断らないと
断らなかったほうもいけないってのが常識なんだろうなー、フランス。
断れなかった自分のことは置いておいて、裏で文句言うほうが非常識なんでしょう。
で、断られても後を引くようなことはなんとも思わない(らしい)フランス人。
さっぱりしているんでしょうね。
しっかりNonと言わないと、どんどん踏み込んでくるフランス人は
日本人より多いだろうとも言ってたなー。ズーズーしいんでしょうね。
日本人は人がいいから、たくさんのことをフランス人から頼まれても
ハッキリ断れずに引き受けてしまうことがあるから、
引き受けてしまった日本人が無理していないか心配だってことも
夫ミシーは言うことあります。ほんと、日本人はやさしい。
そして、この常識・非常識の違いは「比べられないんだよ」ともミシーは言います。
何度も言ってたな。そういえば、よく言うような…。
アレ? この広〜い世界を知らない伝統的日本人の私に言い聞かせている?(笑)
ほんと、そうだよね、比べられないね。
いろんなバックボーンをもつ常識・非常識を良し悪しで簡単に比べることはできない。
同じ国で育った同士でも、常識・非常識は違う場合もあるよね。
良し悪しで比べるんじゃなくて、違いとして面白がれるといいね。
そうもいかないときもあるけど…そういうときは、
良し悪しで一方がバッサリ切るんじゃなくて話し合いたい。
なかなか難しくて私も、まだまだできないけど…。
ってブログで書こうと思うってミシーに話したら
「ぼくが、いい人みたいになってるじゃん」。
たまにはね(笑)。
2009.01/21(Wed)
『森に眠る魚』
原作者もつとめる漫画の編集者さんとお酒を飲んでいたとき、こんな話をしてくれました。
「死んだ友をかついだまま山を登って頂上に到着するっていう漫画があるんだけど、
これは、漫画でしか表現できないシーンだ!と思ったんだ。
実写で、死んだ人間を担いだまま頂上についてヤッター!ってシーンを
グロテスクじゃなく表現するのは、難しいと思うんだよね。
漫画だから感動的に仕上がったと思うんだ」
この編集者さんは、ご自身が目指すところについて多くは語りませんでしたが、
漫画でしか描けないストーリーを意識しながらお仕事をしていると思います。
この言葉を思い出したのは、角田光代の『森に眠る魚』を読んだから。
後半、祭りの準備をしているところにフラフラッと現れる
ひとりの母親の描き方は、すごかった。
はじめはゆっくり回っていた万華鏡が
徐々に回転を速くしていくうちに模様が複雑化して、見たこともない色を放ち、
眺めるこちらをも混乱させて病的な森に迷い込ませるような筆力。
先を読むのが怖いのに、背骨をグイグイ押されて本の中に引きづり込まれていく。
これでもか!これでもか!と勢いよく、そして丁寧に文字を積んでいったからこそ、
このシーンは力をもったように思います。
同じ力をもたせたまま言葉に頼らず映像にするのは、難しいだろうな。
「どうだ、映画化、難しいだろ!わっはっは」と
笑う角田さんの声を勝手に想像しています(角田さんごめんなさい)。
この物語には、ちょうど今の私の環境と同じ、
幼稚園入園を控えたママたちが登場します。
信じて実践していた育児法が根本から崩れて変化していく様子は、リアル。
常識・非常識の違いも、こういうこと「あるあるある、あるなー」と共感。
醜い心も見事に暴露されていて、読んだ人、とくに女性ならば、
そのどれかに思い当たる気がします。
アタシだって…女ですからね、オホホホ。
どこをどう切っても”美しい”って文字が出てくる
美し飴みたいな心の持ち主じゃないから、
美しい心の価値や素晴らしさがわかるワケで、
美しくないから、日々、精進せねばと思ったりもするんだし……。
こういう言い訳じみたところも、ほんと、醜くてやんなりますね(苦笑)。
「死んだ友をかついだまま山を登って頂上に到着するっていう漫画があるんだけど、
これは、漫画でしか表現できないシーンだ!と思ったんだ。
実写で、死んだ人間を担いだまま頂上についてヤッター!ってシーンを
グロテスクじゃなく表現するのは、難しいと思うんだよね。
漫画だから感動的に仕上がったと思うんだ」
この編集者さんは、ご自身が目指すところについて多くは語りませんでしたが、
漫画でしか描けないストーリーを意識しながらお仕事をしていると思います。
この言葉を思い出したのは、角田光代の『森に眠る魚』を読んだから。
後半、祭りの準備をしているところにフラフラッと現れる
ひとりの母親の描き方は、すごかった。
はじめはゆっくり回っていた万華鏡が
徐々に回転を速くしていくうちに模様が複雑化して、見たこともない色を放ち、
眺めるこちらをも混乱させて病的な森に迷い込ませるような筆力。
先を読むのが怖いのに、背骨をグイグイ押されて本の中に引きづり込まれていく。
これでもか!これでもか!と勢いよく、そして丁寧に文字を積んでいったからこそ、
このシーンは力をもったように思います。
同じ力をもたせたまま言葉に頼らず映像にするのは、難しいだろうな。
「どうだ、映画化、難しいだろ!わっはっは」と
笑う角田さんの声を勝手に想像しています(角田さんごめんなさい)。
この物語には、ちょうど今の私の環境と同じ、
幼稚園入園を控えたママたちが登場します。
信じて実践していた育児法が根本から崩れて変化していく様子は、リアル。
常識・非常識の違いも、こういうこと「あるあるある、あるなー」と共感。
醜い心も見事に暴露されていて、読んだ人、とくに女性ならば、
そのどれかに思い当たる気がします。
アタシだって…女ですからね、オホホホ。
どこをどう切っても”美しい”って文字が出てくる
美し飴みたいな心の持ち主じゃないから、
美しい心の価値や素晴らしさがわかるワケで、
美しくないから、日々、精進せねばと思ったりもするんだし……。
こういう言い訳じみたところも、ほんと、醜くてやんなりますね(苦笑)。
2009.01/15(Thu)
年賀状
数日前、九州にいる夫ミシーの従妹から年賀状の返事をいただきました。
こちらがうっかり出し忘れていたのに、いただいたので
遅ればせながらの年賀状を送ったのに、またいただいてしまった!
この従妹からの、今年2枚目の年賀状になります。
たぶん、最初に送ったのを忘れて、
うちが送った年賀状の返事として書かれたのでしょう。
あ、でも、文面も写真の位置も違うし、縦書きと横書きだから
返事の返事かなぁ〜?
いずれにしても、なんて可愛らしいんだろうと思いました。
最初に出したのを忘れて返事を書くのも、2度も年賀状を送るのも、かわいい。
同じ人から同じ年に2枚もいただくのは初めてです。
さすが、義母サダちゃんの姪っ子! うらやましい血です。
まだお会いしたことがありませんが、
「マジ、佐賀に遊びに来てバイ」って書いてあったので、ぜひ、お会いしたい!
彼女は、現在、次男3歳と男女の双子ちゃん1歳の3人を育児中。
長男は、4歳のとき病気で亡くなりました。2年ぐらい前かな…。
今年の年賀状にも、長男くんの写真がありました。
名前も兄弟の一番上にちゃんとあります。
次男くんや双子ちゃんたち、どんどんお兄ちゃんを追い越すんだろうな。
「ミシーも子育てがんばってる?」
「家族みんなが元気でありますよーに!」の言葉のほかに、
長男くんの写真の横には「会いたいです…」と書かれていました。
そうだよね、一番会いたいよね。
乳幼児突然死の話を聞いてビクビクしていた頃、
子供が元気に目覚める喜びを感じていたものです。
子供にイラついて暴れ馬のような感情が湧き出ることもなくもない私に、
毎日、我が子に会える喜びを従妹の年賀状が教えてくれているように思います。
従妹の想いに心を寄せると張り裂けそう。
辛いなんてここで書く何千億倍ものことだったろうな。
と、いろいろ思いながらここに書きましたが……
従妹じゃなくて私が2回も年賀状出したかも……。
だから、2枚も来た?
(↑夫ミシーは日本語の読み書きダメなので、夫ミシーの親戚にも私が書きます)
まぁ、いいか、すっとこどっこいの嫁だと
思われているぐらいのほうが会ったときに気が楽だもんね。
(と開き直りつつ、人のことは可愛いと思えるのに……内心、慌てています…)。
こちらがうっかり出し忘れていたのに、いただいたので
遅ればせながらの年賀状を送ったのに、またいただいてしまった!
この従妹からの、今年2枚目の年賀状になります。
たぶん、最初に送ったのを忘れて、
うちが送った年賀状の返事として書かれたのでしょう。
あ、でも、文面も写真の位置も違うし、縦書きと横書きだから
返事の返事かなぁ〜?
いずれにしても、なんて可愛らしいんだろうと思いました。
最初に出したのを忘れて返事を書くのも、2度も年賀状を送るのも、かわいい。
同じ人から同じ年に2枚もいただくのは初めてです。
さすが、義母サダちゃんの姪っ子! うらやましい血です。
まだお会いしたことがありませんが、
「マジ、佐賀に遊びに来てバイ」って書いてあったので、ぜひ、お会いしたい!
彼女は、現在、次男3歳と男女の双子ちゃん1歳の3人を育児中。
長男は、4歳のとき病気で亡くなりました。2年ぐらい前かな…。
今年の年賀状にも、長男くんの写真がありました。
名前も兄弟の一番上にちゃんとあります。
次男くんや双子ちゃんたち、どんどんお兄ちゃんを追い越すんだろうな。
「ミシーも子育てがんばってる?」
「家族みんなが元気でありますよーに!」の言葉のほかに、
長男くんの写真の横には「会いたいです…」と書かれていました。
そうだよね、一番会いたいよね。
乳幼児突然死の話を聞いてビクビクしていた頃、
子供が元気に目覚める喜びを感じていたものです。
子供にイラついて暴れ馬のような感情が湧き出ることもなくもない私に、
毎日、我が子に会える喜びを従妹の年賀状が教えてくれているように思います。
従妹の想いに心を寄せると張り裂けそう。
辛いなんてここで書く何千億倍ものことだったろうな。
と、いろいろ思いながらここに書きましたが……
従妹じゃなくて私が2回も年賀状出したかも……。
だから、2枚も来た?
(↑夫ミシーは日本語の読み書きダメなので、夫ミシーの親戚にも私が書きます)
まぁ、いいか、すっとこどっこいの嫁だと
思われているぐらいのほうが会ったときに気が楽だもんね。
(と開き直りつつ、人のことは可愛いと思えるのに……内心、慌てています…)。
2009.01/12(Mon)
そそのかすナレーション
年末、ある親しい友人と一緒に一般の子供が主役になる番組を見ていたときのこと。
「このナレーションが嫌なんだよ。
この子は別に優しい気持ちでやったわけじゃないかもしれないのに、
イチイチ、このナレーターが美談に仕立て上げて
”妹を守ってあげたかったから、そうしたんだね。えらいぞ、お兄ちゃん!”とか
大人が見たいように勝手に話をまとめるから、こういう番組は嫌い。イライラする」。
あははは、そういう見方もあるのね。
ナレーションにそそのかされて兄妹愛に涙してた私は、バカみたいじゃん(笑)。
私のこの育児ブログも、私が勝手に子供の代弁者になったりする場面があるので、
面白しろ可愛くするために大袈裟にすると、こうしたナレーションと違わないので
気をつけよう。こんど、この友人にこのブログをくまなくチェックしてもらおうかしらん。
めんどくさーって言われそう(笑)。
この意見を聞いてから、そそのかすナレーションに敏感になってしまった私。
”ながら見”だったから、私の耳がいけないのかもしれませんが
大自然的な生活を送っている家族の番組だったかなぁ〜、
そのナレーションで、”彼らの生活のほうがまともで、私たちの生活のほうが
もともではないのかもしれない”といった内容を語ったのが今でも気になっています。
”私たち”ってセリフがひっかかる。”たち”とくくるには、安易で上辺だけ。
語りべが自分の生活をまともでないと感じるのは勝手だからいいけれど、
いつの間にか、テレビの前の私たちもひっくるめられちゃっている?と驚きました。
いや〜ん、こわーい。
うっかり「ああ、そうかもなぁ〜、ラク!とか簡単!とか便利!って
利便性を重視した私の生活も間違っているかもなぁ〜」と操作?!されるところでした。
この番組サイドとしては、操作しているなんて大げさな意識はないかもしれないけれど…
でも遠まわしに、お金や利便性を追求する生活を非難していました(私はそう受けました)。
よく調べた上で、堂々と、お前は間違っている!と面と向かって非難するのは
気持ちいいけれど、私の生活や懐具合を知らない相手に、なんとなーく、
じんわりと”私たち”とひっくるめられて非難されている感じは、気持ちが悪い。
それとも、なに?”たち”は視聴者じゃなくて、制作スタッフたちのこと?
そうは聞えなかったけどなー。やっぱり、私の耳のせい?
ある美術ジャーナリストが「考えさせるのがジャーナリストの仕事」と言っていたけれど、
このナレーションはこの”考えさせる”を出すぎてしまった気がします。
だから、なんだか居心地悪い。
前述の子供番組のナレーションも視聴者の受け取り方をコントロールしすぎだから
気持ち悪いって感じる人がいるんだろうな。
こうして、友人のせいで、演出が素晴らしいノンフィクション番組が
つまらなくなってしまいました(←人のせい。笑)。
「このナレーションが嫌なんだよ。
この子は別に優しい気持ちでやったわけじゃないかもしれないのに、
イチイチ、このナレーターが美談に仕立て上げて
”妹を守ってあげたかったから、そうしたんだね。えらいぞ、お兄ちゃん!”とか
大人が見たいように勝手に話をまとめるから、こういう番組は嫌い。イライラする」。
あははは、そういう見方もあるのね。
ナレーションにそそのかされて兄妹愛に涙してた私は、バカみたいじゃん(笑)。
私のこの育児ブログも、私が勝手に子供の代弁者になったりする場面があるので、
面白しろ可愛くするために大袈裟にすると、こうしたナレーションと違わないので
気をつけよう。こんど、この友人にこのブログをくまなくチェックしてもらおうかしらん。
めんどくさーって言われそう(笑)。
この意見を聞いてから、そそのかすナレーションに敏感になってしまった私。
”ながら見”だったから、私の耳がいけないのかもしれませんが
大自然的な生活を送っている家族の番組だったかなぁ〜、
そのナレーションで、”彼らの生活のほうがまともで、私たちの生活のほうが
もともではないのかもしれない”といった内容を語ったのが今でも気になっています。
”私たち”ってセリフがひっかかる。”たち”とくくるには、安易で上辺だけ。
語りべが自分の生活をまともでないと感じるのは勝手だからいいけれど、
いつの間にか、テレビの前の私たちもひっくるめられちゃっている?と驚きました。
いや〜ん、こわーい。
うっかり「ああ、そうかもなぁ〜、ラク!とか簡単!とか便利!って
利便性を重視した私の生活も間違っているかもなぁ〜」と操作?!されるところでした。
この番組サイドとしては、操作しているなんて大げさな意識はないかもしれないけれど…
でも遠まわしに、お金や利便性を追求する生活を非難していました(私はそう受けました)。
よく調べた上で、堂々と、お前は間違っている!と面と向かって非難するのは
気持ちいいけれど、私の生活や懐具合を知らない相手に、なんとなーく、
じんわりと”私たち”とひっくるめられて非難されている感じは、気持ちが悪い。
それとも、なに?”たち”は視聴者じゃなくて、制作スタッフたちのこと?
そうは聞えなかったけどなー。やっぱり、私の耳のせい?
ある美術ジャーナリストが「考えさせるのがジャーナリストの仕事」と言っていたけれど、
このナレーションはこの”考えさせる”を出すぎてしまった気がします。
だから、なんだか居心地悪い。
前述の子供番組のナレーションも視聴者の受け取り方をコントロールしすぎだから
気持ち悪いって感じる人がいるんだろうな。
こうして、友人のせいで、演出が素晴らしいノンフィクション番組が
つまらなくなってしまいました(←人のせい。笑)。